評論文の接続詞、決めつけて読んでいませんか?

今回は、新しく公開したnoteのお知らせです。

テーマは、評論文における「接続詞」の読み方です。

現代文を読んでいると、

「しかし」
「つまり」
「たとえば」
「したがって」
「一方で」

など、たくさんの接続詞が出てきます。

多くの人は、こうした接続詞を見たときに、

・「しかし」の後ろにだけ注目
・具体例はあまり大切ではない

という感じで、役割を断定して読み進めていると思います。

もちろん、それ自体は悪いことではありません。

しかし、評論文で点数を安定させるためには、接続詞を単なる“合図”として見るだけでは不十分です。

大事なのは、その接続詞が、どの部分とどの部分をつないでいるのかを正確に見ることです。

たとえば、「しかし」が出てきたとき、多くの人は「前の文と反対のことが書かれる」と考えます。

でも実際には、直前の一文だけを受けているとは限りません。

前の段落全体を受けていることもありますし、筆者がここまで述べてきた大きな流れに対して、限定や補足を加えている場合もあります。

つまり、「しかし=逆のことを言う」と機械的に処理してしまうと、筆者の主張を読み間違えることがあります。

また、「たとえば」についても同じです。

「たとえば」は具体例を示す接続詞です。

そのため、受験生の中には、

「具体例だから重要ではない」
「抽象部分だけ読めばいい」

と考える人もいます。

しかし、これも少し危険です。

たしかに、具体例そのものが最終的な主張であることは少ないです。

ただ、抽象的な説明だけでは筆者の意図がつかみにくいとき、具体例を読むことで、

「筆者はこういう意味で言っているのか」
「この抽象表現は、こういう場面を指しているのか」

と理解できることがあります。

つまり、具体例は「不要な部分」ではなく、抽象的な主張を理解するための手がかりになることがあるのです。

現代文が苦手な人ほど、文章を「感覚」で読んでしまいがちです。

なんとなく大事そうなところに線を引く。
なんとなく筆者の言いたいことを想像する。
なんとなく選択肢を選ぶ。

でも、評論文は本来、もっと論理的に読むことができます。

そのための手がかりの一つが、接続詞です。

接続詞は、文章の流れを示す標識のようなものです。

ただし、標識を見つけるだけでは足りません。

「何と何をつないでいるのか」
「前後の関係は本当に逆接なのか」
「具体例は何を説明するために出されているのか」
「筆者の主張はどこで強まっているのか」

こうした点を意識することで、評論文の読み方はかなり変わります。

今回のnoteでは、特に意識しておきたい接続詞の読み方について解説しました。

・「しかし」の対象範囲を見誤らないこと
・「たとえば」を軽く見すぎないこと
・接続詞を暗記ではなく、文脈の中で読むこと

このあたりを中心にまとめています。

評論文を読んでいて、

「なんとなく読めている気はするけど、選択肢で迷う」
「本文の流れをつかむのが苦手」
「接続詞は知っているのに、読解に活かせていない」
「現代文の点数が安定しない」

という人には、かなり役立つ内容になっていると思います。

現代文は、センスだけの科目ではありません。

読み方を知り、見るべきポイントを意識すれば、少しずつ安定して読めるようになります。

その第一歩として、ぜひ接続詞の読み方を見直してみてください。

noteはこちらから読めます。

あさぬま塾では、現代文・小論文の読み方についても指導しています。

文章をなんとなく読むのではなく、根拠をもって読めるようになりたい方は、ぜひ一度ご相談ください。